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サン=ピエール「ポールとヴィルジニー」~あらすじ~思春期の純愛と残酷

フランスの作家サン=ピエールが1788年に発表した小説「ポールとヴィルジニー」

孤島を舞台に自然と純愛を描いた小説として知られています。日本でも多数の翻訳があり読まれています。

サン=ピエール(Saint – Pierre)の小説『ポールとヴィルジニー』 ( Paul et Virginie )について、あらすじとみどころをご紹介したいと思います。

 

サン=ピエール「ポールとヴィルジニー」について

この作品は、フランスの、都心部から遠く離れた小さな島で寄り添い合うように生きて来た、汚れを知らない純粋なこどもたちの恋のお話です。

世間から隔絶された場所での穏やかな暮らしが、非常に美しく描かれています。

ではさっそく内容を見て行きましょう。

 

サン=ピエール「ポールとヴィルジニー」おもな登場人物

「私」…旅行者。物語の語り手。

ポール…フランス島に住む少年。

ヴィルジニー…フランス島に住む少女。後に勉強のためパリへ移り住む。

 

サン=ピエール「ポールとヴィルジニー」あらすじ

物語は、イル・ド・フランスを旅行で訪れた語り手の「私」が、そこに住む老人から、村でかつてあった出来事を教えてもらう、という体裁で進んで行きます。

「私」の今いる場所は、マダガスカル島の東、インド洋中央部にあるフランス島です。

そこは、元は無人島でしたが、1598年にポルトガルが占領し、1715年にフランス領となり、「フランス島」とよばれるようになりました。これは、その頃のお話です。

 

そこには、昔、ポールとヴィルジニーという、仲の良い幼なじみの男女が、優しい家族と一緒に、幸福に暮らしていました。

老人はそこから6キロほど離れた山のうしろに住んでおり、時々、山から下りて来た際にかれらと世間話を交わす間柄です。

 

ポールの母親のラ・トゥール夫人は、未亡人です。彼女の夫は、仕事で行った先のマダガスカルでペストにかかり亡くなりました。

ヴィルジニーの母親はマルグリット夫人と言って、元は、ブルターニュ地方の農家の生まれです。その地で貴族に見初められ、ヴィルジニーを身ごもりますが、マルグリットの妊娠を知るなり、男は行方をくらまします。

村に居場所がなくなったマルグリットは、娘を連れ、逃げるように、この島に移住してきたのでした。

 

島で出会った二人の母親はすぐに意気投合し、子どもたちと、お互いが連れていた黒人の奴隷たちを含めた計6人の小社会を築いて、ひっそりと生活することにしました。

文明から切り離された自給自足の生活は、質素だけれど幸福なものでした。

 

ポールとヴィルジニーの二人は読み書きができません。

人のものを盗ってはいけないということも知りません。これは、村ではすべてのものが共有されており、“他人のもの”という概念が存在しなかったためです。

この村では、必要なものを必要な場所から必要なだけ取ってくるのが当たり前で、それで喧嘩になるということもありませんでした。

 

そんなある日、村に転機が訪れます。ヴィルジニーが、伯母の招きでパリへ行くことになったのです。

伯母の考えによると、ヴィルジニーも、フランスの他の同年代の女の子と同じように教育を受け、読み書きを身につけるべきだ、ということでした。

伯母からの手紙には、ヴィルジニーを寄越してくれたら立派に教育してやるということ、社交界で、良い夫を見つけてやるし、自分の財産も全部譲ってあげよう、ということが書いてありました。

伯母はこのとき病に冒されており、余命2年もない状態でした。

 

ヴィルジニーは、教育を受けて、職に就き、世間並みの金持ちになれれば、村のみんなも幸せになるはずだと考え、パリヘ行くことを決めます。

そうして、取り残されたポールは激しく落ち込みます。一年以上経って、ヴィルジニーから村のみんなへ、手紙が届きました。

そこには、都会での生活が肌に合わず、耐えられない、ということが切々とつづってありました。

 

パリヘ行ってから二年後、これ以上は無理だと思ったヴィルジニーは、ついに島へ帰る決意をします。

ところが、帰る途中で船が難破し、ヴィルジニーは溺死してしまいます。

さらにポールも、ヴィルジニーを失ったショックと悲しみのあまり、衰弱し、亡くなります。ここまで話し終えると、老人は涙を流し、山の向こうへと去って行きました。

 

サン=ピエール「ポールとヴィルジニー」見どころ&感想

この物語の見どころは前半部分、特に、ヴィルジニーの旅立ちまでを描いた、島での生活のシーンはどこを切り取ってもたいへん美しく、また、魅力的です。

ヴィルジニーは、読み書きはできませんし、時計の読み方も知りませんが、とてもすてきな言葉を持っています。

 

たとえば、「バナナの影が根元近くになりました。もうお昼よ」とか、「サトウキビのとれる頃、遊びに参ります」とか、「わたしは泉のそばのヤシの木と同い年よ」といったぐあいです。

それぞれ、「12時3分前」、「10月23日」、「15歳」を示しています。

ねらって詩的な表現を選んでいるわけではなくて、これが彼女の自然であるという点がすばらしく、ここに、小さな平等社会の幸福が垣間見えるように思われます。

 

後半、悲しい事件によって彼女は亡くなり、恋人のポールも後を追うように死んでしまいます。

若い二人の死によって、愛は永遠に何ものにも邪魔されない完璧なものとなります。相手の死によって完結するという物語の終わり方には、現代でも賛否あるところです。

ですが私には、“かなわない恋をしたすべての若い恋人たち”への、サン・ピエールの温かな同情のまなざしが、作品の根底にあるように思われてなりません。

 

作者「サン=ピエール」について

作者のサン・ピエール(本名ベルナルダン・ド・サンピエール Bernandin de Saint – Pierre )は、1737年にフランスの港町ル・アーヴルに生まれました。

少年期から仙人のような生活に憧れ、孤島に小さな平等社会を建設する夢を持っていました。

土木学校に入学し、技師の仕事に就きますが、仕事に嫌気がさし、オランダ、ロシア、ポーランドの地を転々とします。

 

1768年から71年まで、技師大尉としてイル・ド・フランスに派遣され、帰国後、ルソーや百科全書派と交流するようになります。

この頃に書いた『イル・ド・フランス旅行記』や『自然の研究』といった作品で一躍世に知られる存在となります。

 

夢想家であると同時に、実益を重んじるリアリストでもあった彼は、処世術にも長けており、生涯、仕事やお金に困ることはありませんでした。

フランスの大革命時代を巧みな立ち回りで生き延び、ナポレオンからの厚遇を受け、植物園監督官や高等師範学校の教授などをつとめ、1814年、その生涯を閉じます。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。『ポールとヴィルジニー』についてご紹介して来ました。

現代の(といっても18世紀の作品ですが)アダムとイヴのような二人の美しい恋物語。

人の幸福は、お金があるかどうかだけですべてが決まるのではない、ということを思い出したい気分の夜に、ぜひ読んでみてほしい一冊です。そして、初めての恋というものの清らかさと残酷さも。。。

ご関心に応じてぜひどうぞ。

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