Oops! It appears that you have disabled your Javascript. In order for you to see this page as it is meant to appear, we ask that you please re-enable your Javascript!

チャールズ・ディケンズ「デイヴィッド・コパーフィールド」~あらすじ~

1850年チャールズ・ディケンズの長編小説『デイヴィッド・コパーフィールド』この作品は自身の半生を描いた物語です。

チャールズ・ディケンズは『クリスマス・キャロル』の作者としても有名ですが、彼がもっとも気に入っている作品として挙げているのがこの『デイヴィッド・コパーフィールド』です。

チャールズ・ディケンズ( Charles Dickens )の長編小説『デイヴィッド・コパーフィールド』( David Copperfield )について、あらすじと見どころをご紹介したいと思います。

 

「デイヴィッド・コパーフィールド」について

デイヴィッドは、幼い頃、母親の再婚により、義父からつらいめに遭わされますが、持ち前の明るさと強い意志、するどい観察眼をもって、たくましく日々を生き抜いて行きます。

これは、そんなデイヴィッドの半生を描いた物語です。
では、くわしく見て行きましょう。

 

「デイヴィッド・コパーフィールド」おもな登場人物

デイヴィッド・コパーフィールド…主人公。少年期はおとなしい子ども。成長するにしたがって、しなやかな知性を持った青年へと変わって行く。

ベトシー…ドーヴァーに住む、デイヴィッドの大伯母。

アグネス…大人になったデイヴィッドの、二番目の妻。才気煥発な娘。

 

「デイヴィッド・コパーフィールド」あらすじ

デイヴィッドには父親がいません。父親が死んで6ヶ月後に彼は生まれました。けれども、優しい母親と親切な乳母のペゴティーに見守られて、素直にすくすくと育ちました。

母は、デイヴィッドがまだ大きくなりきらないうちに、マードストーンという男と再婚します。マードストーンは、デイヴィッドに対しては冷酷な男でした。

まず、彼はデイヴィッドをセイラムハウスという厳しい学校に入れます。デイヴィットはそこで、暴力的・屈辱的な教育を受けます。

 

その間に、母親が亡くなります。母が死んだという知らせを学校で聞いたデイヴィッドは大変なショックを受けます。

その後、デイヴィッドは、マードストーンが経営する酒瓶工場に雇われることになります。

そこでの待遇はことのほかひどく、三度の食事も満足に与えられなかったため、デイヴィッドは、水をがぶ飲みして空腹をしのがなくてはなりませんでした。

ついに我慢できなくなったデイヴィッドは、工場を逃げ出す決意をします。

 

デイヴィッドの頼りは、ドーヴァーに住む大伯母のベトシーです。

一人で住んでいるこの大伯母をめざして、デイヴィッドの、ドーヴァー街道を行く旅が始まりました。

途中、馭者にだまされ、荷物と全財産を奪われてしまいます。そのため、一切れのパンを得るために、身に着けた上着を売らねばなりませんでした。

昼は汗と埃にまみれ、夜は草を枕にして星をあおいで眠りました。苦しいときには母の姿を思い浮かべ、自分を励ましながら、ひたすらドーヴァーをめざします。

 

大伯母は感情を表に出さない人でしたが、デイヴィッドが来ると、黙って家に迎え入れ、カンタベリーの学校に通わせます。

ここでの学校生活はデイヴィッドにとってとても有意義なものでした。

卒業後は、スペンロー・アンド・ジョキンズ法律事務所に書記として勤め始め、そこで知り合った娘のドーラと結婚します。

 

ドーラはおとなしい、よくできた妻でしたが、まだいくらも結婚生活を送らないうちに、若くしてこの世を去ります。

やがて、学校時代に下宿していた家の娘のアグネスと再会し、結婚することになります。アグネスはドーラとは違うタイプの、才気煥発な娘で、デイヴィッドに多くの精神的感化を与えました。

デイヴィッドは彼女のおかげで作家としての才能に目覚め、やがて、広く世に知られる存在へと成長して行くのでした。

 

「デイヴィッド・コパーフィールド」見どころ&感想

作者のディケンズが「もっとも好きなキャラクター」と公言するデイヴィッドの魅力は、“一見すると平凡な子”であるところです。

彼は子どもの頃から、強い主張や激しい感情を持たず、苛酷な環境に放り込まれても、なるべく抵抗せず受け入れようとします。

これは、多くの“普通の人”が持つ感覚に近いのではないでしょうか。

 

結局、酒瓶工場の環境があまりにもひどかったので、デイヴィッドはそこを逃げ出すことになるのですが、心ない大人にだまされて一文無しになった時も、仕返しを考えたり、盗みを働いたりすることはありません。

ただ前を向き、大伯母の家をめざし、だまってドーヴァー街道を歩き続けます。

この、上品で穏やかな性格と内に秘めた意志の強さが同居しているところが、デイヴィッドの一番の魅力です。

 

不合理な圧力にいたずらに屈服することはないけれど、過激な抵抗はせず、誰かを強く恨むこともしない。

そんな彼は、現実社会にはめったにいない、理性的な人物であると言えます。

さらに、主人公のデイヴィッド以外にも、この作品のキャラクターは一人一人に魅力があり、それぞれ、話す言葉に力があります。

 

たとえば、作者の父親がモデルになっていると言われる、酒瓶工場の主人のミコーバーです。

彼はいかにも気楽な人物で、これといった収入がないのに毎日酒を飲み、ぜいたくなものを食べ、借金が日増しに増えて行くのですが、いっこうに気にする様子はなく、「そのうちなんとかなるさ」と言います。

ミコーバーは多くの読者に愛され、当時、楽天家を指して「ミコーバリズム」という言葉が生まれたほど人気のキャラクターになりました。

 

以下に彼の名言を引用します。

「年収が20ポンドだとする。その人の支出が19ポンド19シリング6ペンスならその人は幸福であるが、支出が20ポンド6ペンスならばその人は不幸だ」。

“俺には俺の幸せがある”というわけです。借金まみれの彼がこう言い切ってしまうところに、可笑しみと愛らしさがあります。

 

作者チャールズ・ディケンズについて

チャールズ・ディケンズは、1812年にポーツマスで生まれました。多くの兄弟があり、家が貧しかったため、正規の学校教育を受けさせてもらえませんでした。

父親のジョーンは、ポーツマスの地の海軍経理局に勤めていましたが、チャールズが9歳のときに、一家でロンドンに引っ越します。

ジョーンは金銭にだらしない人物で、多くの借金を背負い込み、ついには投獄されます。

 

父親の投獄を機に、チャールズは靴墨工場で働かされることになります。ここでみじめな生活をしながら、母に言いつけられて、刑務所に父の衣類を運んだりします。

この生活は二年続きましたが、その後は学校へも通い、卒業後は弁護士事務所に勤め始めます。19歳のときに、ある新聞の通信記者になります。

当時のイギリスは交通手段が限られていたので、彼は乗り合い馬車に乗って、イギリス中をかけずり回っていました。

漁村や農村に足を踏み入れ、そこで起こる珍奇な出来事を取り上げて、持ち前の文才でおもしろおかしく、イギリスの人々に伝えました。

 

チャールズの独特の着眼と文章は、彼のその後の小説作品にも巧みに反映されています。

人間に対するするどい観察眼と深い洞察力を持つ作家として、彼に対する世間の評価が決定的になったのは、二作目の『ピクウィク・ペイパー』が出版された1837年のことです。

名声は一作ごとに高まり、経済的にも恵まれ、晩年は、故郷に近いところに広大な邸宅を構えてそこに安住しました。1870年、自宅にて没。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。チャールズ・ディケンズの『デイヴィッド・コパーフィールド』についてご紹介してきました。

邦訳は文庫で4冊分と、かなりの長編ですが、とてもおすすめです。

ぜひ読んでみてください。

タイトルとURLをコピーしました