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「最後の一葉」オー・ヘンリー(あらすじ)学校の教科書で読んだ事ある!?

「最後の一葉」は、オー・ヘンリーの短編小説です。
日本でも小中学校の教科書にも採用されるなど、知名度が高い作品です。昔、教科書で読んだ方は多いと思います。

アメリカの小説家オー・ヘンリー( O.Henry )の短編「最後の一葉」(The Last Leaf)についてご紹介したいと思います。

 

オー・ヘンリー「最後の一葉」について

オー・ヘンリーは、短編作家として多くの作品を残しましたが、「最後の一葉」はその中でも最高傑作の呼び声高い、心温まる感動作です。

ではさっそく見て行きましょう。

 

オー・ヘンリー「最後の一葉」あらすじ

舞台はニューヨークの寒村。ここには、貧しいけれど芸術に人生を捧げる人々が集まって生活しています。

ヒロインのジョンジーは、友人のスウとともに、レンガ造りの三階建てのアパートの最上階に住んでいます。

ジョンジーは現在肺炎にかかっており、一日のほとんどをベッドの上で過ごしています。

 

生きる気力をすっかり失っている彼女は、目が覚めている時でも起き上がろうとせず、窓から見える隣の建物の壁を這い登る蔦の葉の数をかぞえ、“あの残り五枚の葉が落ちてしまったら私の命も終わるんだわ”と思いこんでいます。

医者はスウを廊下に呼び出し、ジョンジーの病気は治らないものではないが、彼女自身が自分から生きたいと願う意思を持たないかぎり、回復は難しいと告げます。

スウはショックを受け、階下に住む老人ベアマンに、ジョンジーの病状や彼女の妄想を話して聞かせます。

 

ベアマンは芸術の落伍者です。

いつかは傑作を描きたいと思いながら、叶わず、今では周りの若い芸術家たちに悪態をつくだけの嫌われ者です。

このときも、スウの話を聞いて、目に涙を浮かべつつも、ジョンジーの弱気な妄想をあざ笑ってみせるのでした。

 

その日は気温が低く、雪まじりの雨が昼夜降り続いていました。夜が明けて、雨戸を開けると、蔦の葉がついに1枚になっていました。

しかし、どうせすぐに落ちてしまうと思われたこの葉は、時間が経ってもなかなか落ちませんでした。

それを見てジョンジーは、勇気をもらいます。

 

神様が私にもう少し生きなさいと言っているのかもしれない———

そうしてなんとか身体を起こし、スープやミルクが飲めるくらいに回復して行きました。葉はまだ落ちません。

実はその葉は、本物の葉ではなく、ベアマン老人が壁に描いたリアルな葉っぱの絵でした。

 

葉が全部落ちたら自分は死ぬと信じている、というジョンジーの話を聞いて、老人は、その夜、嵐の吹きすさぶ中、絵筆とランタンと梯子(はしご)を使って、壁に葉っぱの絵を描き、朝になっても葉が落ちていないかのように見せかけていたのでした。

ジョンジーは元気になり、雨のなか冷たい風に吹かれながら筆をふるった老人は、二日後に肺炎で命を落とします。

 

オー・ヘンリー「最後の一葉」見どころ&感想

この作品の見どころは、憎まれ役と思われていた、古い芸術家タイプの老人が、自分の命と引き換えに若い芸術家の命を救うところです。

ベアマンという人は「ミケランジェロが描くモーゼ像のヒゲを、小鬼のような身体に、半獣神の顔からカールさせて垂れ下げている」老人です。

 

60歳を過ぎていますが、傑作を描く夢を若い頃から持ち続け、40年経った今でもそれを実現できずにいます。

成功を夢見て挫折した芸術家が、最後に為した仕事は、病人のために、一円にもならない絵を描くことだった、というプロットは大変示唆的です。

 

一言で言うと、“あんまり知らない人のためにどうして死ねるの?”ということです。

もし、ベアマンとジョンジーが親子か何かで、元々とても仲の良い間柄であるとか、あるいは、ベアマンとジョンジーが過去に出会っていて、ベアマンは何らかの理由でジョンジーに恩を感じている、という設定があったなら、ベタだけれど、ベアマンの行動には一定の説得力があります。

でも、感動にはつながりません。

 

大事な人のために自分を犠牲にするのは、当たり前とまでは言いませんが、普通の感覚です。

ですから、読む方も、「ふーん」としか思わず、「まあまあ、そうだよね」という感じで終わってしまいます。

“たいした理由もないのに助けた”ということが、この作品の、そしてベアマン老人の、他にはない魅力を形作っているのです。

 

相手に個人的な思い入れや感情があるわけではなく、共通点と言えば、自分と同じ芸術家であることくらい。

それだけのつながりのために命を投げ出したというところに、ベアマンの行動の意味があります。

ベアマンをただの落ちぶれた嫌われ老人として読んでいた私たちは、ここで不意をつかれ、彼の英雄的行動に心を動かされるという、にくい仕掛けになっているのです。

 

オー・ヘンリーの短編は、良くも悪くもクセが強くなく、ストレートな人間ドラマを描いた作品が多いのが特徴です。

同じ短編作家として有名なモーパッサンと比べると、あまり、皮肉なオチをつけたり、ブラックユーモアで締めるような作品は多くありません。

当たり前の感情を物語に乗せてまっすぐに伝えることが得意な作家なのでしょう。

このあたりが、作品が多くの人の共感を集める理由になっていると思われます。

 

大衆に非常に支持された作家ですが、逆に、小説好きで、オー・ヘンリーのファンだという人は、私の知るかぎりですが、ほとんど聞いたことがありません。

小説を読み慣れている人にとっては、あからさまな構成の上手さが目についてしまい、しらけるというか、ちょっと物足りなく感じられるというのが、その理由のようです。

 

作者オー・ヘンリーについて

オー・ヘンリーの本名はウイリアム・シドニー・ボーター。1862年、ノースキャロライナで生まれました

15歳でドラッグストアに勤め始め、それから職を転々とします。

21歳の頃、銀行の出納係をしていたときに、横領の疑いをかけられ、三年三ヶ月の刑務所生活を送ります。

このときの獄中生活で十数編の短編を書き上げた体験が、のちに彼が短編作家として行きていくための基盤となりました。

 

1901年に出所し、翌年、ニューヨークに住み着くと、この地で次々に作品を発表し、一躍人気作家となります。

実におよそ280編の短編を残し、1910年に死去。享年47歳でした。

ちなみにペンネームの由来は、家で飼っていた猫の名前が「ヘンリー」であり、これを呼ぶときにいつも「オー、ヘンリー」と呼びかけていたから、とのことです。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。オー・ヘンリーの短編「最後の一葉」についてご紹介してきました。

他にも、どんでん返しが心地いい作品として有名なものに「賢者の贈り物」「二十年後」などがあります。

「最後の一葉」の他に何か一作おすすめを挙げるとするならば、私は「二十年後」を推します。

ストーリーを簡単にご紹介すると、友人同士である二人の男が、しばらく離れて生活することになるのですが、再会を誓って、ある約束をします。

それは、“十年後の今日、この時刻、この場所に集まろう”というものでした。

そうして、いざ10年後に再会してみると、二人はそれぞれ、警官と犯罪者になっていた———というものです。

どうです?設定を見ただけで、この二人がどうなってしまうのか、わくわくしてきませんか?

ご関心に応じてぜひどうぞ。

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