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「異邦人」カミュ(あらすじ)青年が殺人を犯したのは「太陽のせい」!?

カミュは1913年生まれのフランスの作家です。「異邦人」は1942年に刊行された、人間社会の不条理について書かれた小説です。

カミュがノーベル文学賞を受賞したのは、43歳の若さであり、この作品の影響が大きいと言われています。

アルベール・カミュ ( Albert Camus ) の小説『異邦人』 ( L’ Etranger ) について、あらすじと見どころをご紹介したいと思います

 

カミュ「異邦人」について

29歳のころに書いた本書が注目され、その後『シシュフォスの神』『カリギュラ』
『ペスト』といった傑作を次々に生み出すと、一躍文壇の寵児と呼ばれるようになりました。

晩年、ノーベル文学賞を受賞しています。では、さっそく『異邦人』の内容を見ていきましょう。

 

カミュ「異邦人」あらすじ

アルジェの船会社に勤めるムルソーは、見た目は、どこにでもいるような普通の青年です。ただし中身は、ほかの人とは少し違っていました。

たとえば、ムルソーは母親を養老院に入れていましたが、母親が死んだと聞いても、通夜や葬儀の場で涙を一切見せません。

埋葬の時に母親の歳を尋ねられても正確に答えることができず、アルジェの家に帰ってからも、喪章をつけたまま海水浴場へ向かいます。

そこで偶然知り合ったマリーと映画を楽しんだ後、関係を持ちます。

 

船会社の事務所では仕事熱心でよく働きましたが、栄転には興味がなく、話が出ても断っていました。

恋愛や結婚にも特にこだわりがなく、マリーに結婚をせがまれると、愛しているわけではないのに承諾してしまうほどです。

ある日、やくざのレイモンに手紙の代筆を頼まれると、それがもとで情婦とのいざこざに巻き込まれます。

そうして、呼び出されていった先の海岸で、見ず知らずのアラビア人を射殺して逮捕されます。

 

ムルソーは裁判にかけられます。

裁判の過程で、検事や予審判事は、何とかして殺人の動機を解明しようと、ムルソーへの追及を試みます。

彼らは、殺人は、殺人者の悪しき本能がなせる業だと信じているので、それを裏付けるに十分な“殺人者らしい動機”が、ムルソーの口から語られるのを期待しているのです。

ですが、ムルソー本人は、殺人の理由を“太陽のせい”として、何ら悔悛の情を示す様子がありません。

そのため、ムルソーは社会の敵、人の心を持たぬ“怪物”とみなされ、死刑を宣告されます。

 

ムルソーは牢獄生活にもすぐに順応しますが、告解僧が語る“虚偽の押しつけの道徳”を聞くと、怒りを爆発させます。

しかし、この出来事によってムルソーは、正しいのは告解僧や検事たちではなく自分のほうだということ、すなわち、彼らの言葉ではなくて、自分の生き方こそ真理であると自覚します。

星空を眺め、そこに、世界の“やさしい無関心”を認めたムルソーは、そこに、自分と同じものを見出して安心し、幸福だったと思います。

そうして、心安らかに、死刑執行の日を待ち続けるのでした。

 

カミュ「異邦人」見どころ&感想

ムルソーは自分に正直な人間です。他人の感情を読むとか、周りの空気に合わせるといったことが極端に苦手です。

そのため、お通夜のときに、“本心はどうあれ、いちおう”悲しい顔をしてみせます。

そして、自分に有利に裁判を進めるために“便宜的に”反省の弁を述べてみる、とか、頭の中でそういった計算を働かせることができません。

ムルソーは “事実を見つめて、自分が感じたままを語ることこそもっとも重要なこと”と考えています。

 

結果、言うべきことを言わなかったり、言わなくても良いことを言ったりして周りの人に誤解されるようなことがあっても、『まあいいか』と受け入れます。

他人の、自分に対する評価もまたひとつの“事実”として、そのまま、ありのままを受け止めます。

そのため、繊細な人にありがちな“どうして人に理解されないのだろう”という落ち込み方をすることが、ムルソーにはありません。

ムルソーのこのこだわりは、裁判の際に、もっとも悪い形で、自分自身に返ってきます。

 

殺人の動機を問われても、裁判官の心証を良くする受け答えとはどういうものなのか、普通の人なら何となく分かりそうなことでも、そういう計算をしたことのないムルソーには、何と答えたら良いものなのか、見当もつきません。

そこでやっとひねり出した答えが「太陽の敵意を感じたから」というものでしたが、怨恨や強盗目的といった“普通の”動機を期待していたひとたちが、この答えで納得するはずもありません。

そして、ここがムルソーのすごいところなのですが、こうしたやりとりのあとで死刑を宣告されても、最終的に、これで良いのだと受け入れてしまいます。

 

人は、何か普通と違うことが起きると、そこに意味を見出そうとし、自分たちの納得できる理由を探そうとするものですが、ムルソーに言わせれば、そんなものは後付けで、人間のやることに、本来、明確な意味などないのです。

ムルソーは、自分がたどり着いたこの結論を証明するために、すなわち、人間とは本来無意味な存在であるという真理のために、人間社会の偽りの道徳を拒否して、死ぬことを承諾します。

 

自分の生きる社会と自分との間に、どうしようもない隔絶があることを感じ、事実として受け止め、それなりに生きて行こうとする若い人たちが実際にいることを、作者のカミュはするどく感じ取っていました。

カミュはそうした若者の傾向を指して「まるで世紀病」だと言います。

揶揄しているのではなくて、カミュは、そうした若者の心境に強く共感し、敬意を払っています。

 

このことは、1955年に刊行された、英語版『異邦人』にカミュ本人が寄せた序文からも明らかです。

以下に抜粋します。

「母親の葬儀で涙を流さない人間は、すべてこの社会で死刑を宣告さるおそれがある、という意味は、お芝居をしないと、彼がこの社会で異邦人として扱われるよりほかはないということである。

ムルソーはなぜ演技をしなかったか、それは、彼が嘘をつくことを拒否したからだ。

嘘をつくということは、無いことを言うだけでなく、あること以上のことを言ったり、感じる以上のことを言ったりすることだ。

しかし、生活を混乱させないために、我々は毎日嘘をつく。ムルソーは、外見とちがって、生活を単純化させようとはしない。

ムルソーは人間のくずではない。

彼は、絶対的なものと真理とに対する情熱に燃え、影を残さぬ太陽を愛する人間である」。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。カミュの『異邦人』をご紹介してきました。

『異邦人』は、短編ですが、人間へのするどい観察と深い愛情がつまった、濃い内容となっています。

カミュ文学にまだ触れたことのない方のための入門書としてもおすすめの一冊です。
ご関心に応じてぜひどうぞ。

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