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「賢者ナータン」レッシング(あらすじ)三つの指輪と作者の思想とは!?

『賢者ナータン』の作者レッシングは、18世紀のドイツ啓蒙主義を代表する思想家で、戯曲の他にも、数々の学術的論文を発表しています。

特に、同時代の牧師たちを相手に、積極的に神学論争を仕掛けていったために、当局に目を付けられ、論文執筆を禁止されてしまったことは有名な話です。

ドイツの思想家、レッシング(Lessing)による戯曲『賢者ナータン』(Nathan der Weise)についてご紹介したいと思います。

 

レッシング 「賢者ナータン」について

『賢者ナータン』は、レッシングが最後の表現手段として見出した、“戯曲の形式に則って言いたいことを主張する”作品です。

現代では、ペダンティック小説と呼ばれる、わりと一般的な手法ですが、18世紀という時代に、すでに、このタイプの物語を書く人がいたことに驚かされます。

いえ、もしかしたら、検閲の厳しかった時代にこそ発達した手法だったのかもしれませんね。

ともあれ、こうした背景もあって、『賢者ナータン』は、他のレッシング作品に比べると、神学的・宗教的側面がストレートに出た作品となっています。

では、さっそく内容を見て行きましょう。

 

レッシング「 賢者ナータン」 あらすじ

12世紀末のエルサレムに、「賢者ナータン」とよばれる、金持ちのユダヤ商人がいました。

ある日、サルタンのサラディンから呼び出しを受けたナータンは、「ユダヤ教、回教、キリスト教の三つの宗教のうち、どれが本当の宗教か教えてほしい」とお願いをされます。

答えに窮したナータンは、“三つの指輪のたとえ”の話をします。それは、次のような話です。

 

あるところに商人とその息子三人が暮らしていました。商人は、家宝である指輪を、三人の息子の誰に相続させたらよいかで迷っています。

悩んだあげく、商人は、職人に依頼して本物そっくりの偽物の指輪を二つ作らせ、どれが本物か分からない状態で三人それぞれに指輪を与えることにしました。

父親の死後、三人の息子は、誰の指輪が本物であるかをめぐって争い、裁判を起こします。

 

三人それぞれの訴えを聞いた裁判官は、三人に向かってこう告げます。

「どの指輪が本物であるか、誰にも判断できない以上、各人は自分の持っている指輪こそ本物であると信じるがよい。

そして、他人から愛されるようになるという、本物の指輪だけがもつ力が、自分に現れるよう、それぞれが努力しなさい」と。

 

つまり、指輪が本物だから愛されるのではない、本物の指輪を持っているかのようにふるまう(=良い人間になれるよう努力する)ところに、愛される可能性が開けるのだ、と諭します。

サルタンは、ナータンのこのたとえ話に感心し、当初、無理難題をふっかけてナータンから金をゆすり取ろうとしていた気持ちが、すっかりなくなります。

その後、サルタンの恩赦により命をつないでいた神殿騎士と、ナータンの養女レヒャが実の兄弟であったことが判明し、さらに、彼らが、サルタンとその妹シッタの甥と姪に当たるということがわかり、物語は大団円を迎えます。

 

レッシング「 賢者ナータン 」見どころ&感想

物語のテーマは、“宗教的寛容”です。

主人公のナータンはユダヤ人ですが、以前に、キリスト教徒によって、妻と七人の子を虐殺されています。

三日三晩苦しみ、世界を呪い、“死ぬまでキリスト教徒を憎み続ける”と誓いました。

けれども、その内に理性がよみがえり、“すべては神の思し召しだったのだ”、と、達観するに至ります。

 

そんな折、キリスト教徒である友人から、レヒャを託されます。ナータンは、レヒャを、失った七人の子供の代わりに大切に育てようと決意します。

いまや、ナータンはこう考えています。「自分は生まれによってユダヤ教徒であるが、他人も生まれによって回教やキリスト教徒である権利を持っているのだ」と。

ナータンを支えているのは、このような寛容な精神なのです。

「キリスト教徒なりユダヤ人なりは、人間である前にまずキリスト教徒なりユダヤ人であるのでしょうか」(第二幕第五場)。

 

このように問いかけるナータンの心には、同じ人間である以上、そのひとがどんな宗教を信じていようと、お互いに認め合わなくてはいけない、という思いがあります。

特定の宗教であることを理由に相手を迫害することの偏狭(へんきょう)さ、おろかさについてはっきりと指摘する箇所でもあります。

 

著者「レッシング」について

レッシングは、18世紀のドイツ啓蒙主義の代表的な思想家・文学者です。

1729年にカーメンツで牧師の子として生まれ、晩年の10年間をヴォルフェンビュッテルの図書館長として過ごしたあと、1781年、ブラウンシュヴァイクで没しました。

『賢者ナータン』以外にも、レッシングは、劇詩作家としてさまざまな作品を残しています。

 

たとえば、文学作品では、市民悲劇『ミス・サラ・サンプソン』や喜劇『ミナ・フォン・バルンヘルム』、悲劇『エミーリア・ガロッティ』などがあります。

また、レッシングは、藝術にも造詣が深く、批評の分野で功績を残しています。

主なものとしては、ラオコーン群像をてがかりに、造形藝術と文学の差異を論じた『ラオコーン』や、『ハンブルク演劇論』などです。

 

最晩年の二年間、レッシングは、創作から離れ、ハンブルクの牧師ゲッツェらと、神学論争に明け暮れていました。

そのために、当局から論争文の執筆を禁止されてしまうのですが、自身の宗教的見解を、世の中に向かって言わねばならないと考えたのです。

彼は、才能を生かし、久しぶりに文学作品を書いて、その中に自身の宗教に対する考え方をねじこみました。

それが『賢者ナータン』という作品です。

 

こうした事情を考慮すると、『賢者ナータン』の、作品としての特異性が浮び上がってきます。

すなわち、歳をとって体力がなくなっても、命の危険を感じても、“これだけは言わねば”という必死の思いで書き上げられた、特別な作品であることがうかがわれます。

よくありがちな、“作者の思想信条をキャラクターに言わせている”だけの作品でないことが、お分かり頂けるのではないでしょうか。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。
レッシングの『賢者ナータン』について、ご紹介してきました。

作家というよりも学者のイメージが強いレッシングですが、若い頃から詩を書くなど、文学の才能に非常に長けていたと言われています。

『賢者ナータン』は、学者のレッシングと作家のレッシングの両方が楽しめるお得な作品とも言えるでしょう。

ご関心に応じてぜひどうぞ。

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